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2005年12月20日 (火)

1リットルの涙・最終回

今日もマラソンをしたが、別のことを書こうと思う。

たった今見終わった。

1リットルの涙

今日は最終回だった。

普段はドラマをあまり見ないが、これだけは見続けた。

同情ではない。

若くして命を落とす悔し涙を見てきたからだ。

毎週ドラマを見ていて、涙腺がゆるむことは多かった。

自分も色々病気を持っているから、自分の変化に苦しむことは理解できた。

過去に死線をさまよったことがある。

今こうしてブログを書くこともなかったかもしれない。

でも生き残った。

病気の苦しみは、本人でないとわからないことはほとんど。

こうして日記を書いていることも、ドラマと何か通じるものがあるかもしれない。

だから自分に出来ることをしている。

個人的に日記を書き続けることも、ブログを続けることも、マラソンも。

私には、亡くなってしまった仲間がいる。

二十歳になる前に逝ってしまった。

彼らの悔し涙を、今でもはっきり覚えている。

彼らの人生の分まで生きれるとは思っていない。

でも彼らの生きたいという意思だけは忘れないでいたい。

だから、私の出来ることをしている。

彼らと再び再会した時に、これだけがんばったんだ、と言いたいから。

そうじゃないと、きっと会ってくれない。

何かのためにがんばったと言えなければ、彼らは納得しない。

マラソンは苦しい。でも走り続ける。目標のために。

がんばって走り続けていることを、きっと彼らは見守ってくれているだろう。

あのドラマを見て、自分は走れることに感謝したかった。

当たり前のことが出来ることに、感謝したかった。

そして、涙も幸せも、人には必要だと思った。

だから、とてつもないエネルギーを出せるのかもしれない。

このままがんばって走り続けたら、きっと何か生まれる。

きっと何かを変えることが出来る。

それを信じて、走り続けている。

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